174. 「むらさきさん」の思い出 (2000.8.25)

中学の美術の先生に「たかし先生」がいる。
私達は、わざとなまって「たがす」と呼ぶ。
いえいえ、先生に面と向かって「たがす」と言うんじゃなくて(そんなことは絶対に出来ません)、陰口をたたくときにそう呼ぶ。

この先生は、おっかなくて有名。
おもちゃの注射器持っている。
教室にやって来ると、絵の具用に用意している水入れから、注射器に「チュ〜」っと水を吸い込む。
うるさい子がいると、襟をつかんで、背中に水をジュっと入れる。

「しゃっけ(冷たい)」と後ろを振り返ると、「たがす」がいる。
版画を彫っている時は、彫刻刀で削った木くずを襟から入れるんだ。
皆の陰口も倍増する。

冬のある日、「むらさきさん」(通学用の坂道)を下っていた。
バスケ部の練習の帰りで、時間も遅くなったが、なにより「むらさきさん」の電灯が切れて、坂道は真っ暗。

その日は「イック(いく子ちゃん)」が、
「背中に木くずを入れられた」かなんかで激怒していた。

「あんな小道具を使うなんて大人げない」などと「たがす」の悪口に白熱し、盛り上がる。
それに意気投合する「ヨッチ」と私。
次第に声もでかくなる。

坂の下までたどり着き、文信堂書店の明かりが目にまぶしくなった頃、背後から
「聞いだぞ」と、世にも恐ろしい声が響き渡る。
ゾっとしながら振り返ると、
「出た〜〜〜」(声にならない、心の叫び)
そこに「たがす」がいる。

「おめだづ(おめ〜ら)全部、聞いだがらな」といい残し、「たがす」は立ち去っていった。
「ヒィエ〜〜〜〜」

その「たかし先生」は、どこぞの校長先生だって。
白髪になったが、お元気で、表情も活き活きとしている。

中学生の時には言えなかったけれど、実は「たがす」の家と、うちの太田の家(私が生まれる前までオヤマ家が住んでた家---現在は人に貸している)はご近所で、叔母は「たかしちゃん」と言って一緒に遊んだそうな。
「優しくていい子」って評判は、絶対に信じられない。

いかんいかん。こんな事を書いては「読んだぞ〜」という声が聞こえてきそうだ。