175. 「むらさきさん」の思い出2 (2000.8.27)

気仙沼小学校と中学校は、「笹が陣」という丘の上に、隣り合って建っている。
魚町の子達は、「むらさきさん」と呼ばれる坂道を通って、学校に通う。

「むらさきさん」は、急な坂道がダラダラ続くから、大人でも嫌になるけれど、小学校1年生にとって、この坂道は「試練の坂」だ。家から学校まで子供の足で30分はかかる。

私は、子供の頃は、とても貧弱だった。
ランドセルが届いた日に、喜ぶ祖父母に見守れ、ランドセルを背負ったら、身体が大きく後ろに倒れて、大人をビビらせた。
「学校に通えっぺが? むらさきさんは登れっぺが?」
祖母は、私の入学から一週間は、登校する私に隠れて、小学校の校門まで後ろをつけていたそうだ。
へたりこむようであれば、孫をおぶって連れて行こうと思ったそうな。

進みは遅いけれど、先輩の浩子ちゃんや、ご近所の礼子ちゃんに連れられて、がんばって「むらさきさん」を登る。身内がいると、「おんぶして」などと甘えたかもしれない。

それでも春はいいが、冬になると、雪が降る。
その雪が夜のうちに凍りついて坂道はツルツルとすべる。
おもしろがった悪ガキが、もっとツルツルになるように靴の底で磨きをかける。

平地は乾いているからと、ゆだんして革靴を履いていこうものなら、人通りが少なく、日陰になった坂道では、すべって先には進めない。
私は、これのおかげで、連続5回も同じ場所で転んだことがある(イエイエ、誇張してないって)

中学生になった私達は、雪が凍ってアイスバーンになっている「むらさきさん」を見下ろしている。
バスケ部の練習の帰り道、「むらさきさん」の電灯は、切れてからだいぶ経つのに、まだ直ってない。
あたりは真っ暗。
「イック」と「ヨッチ」と私の3人は、特訓の後で、しこたま足が重い。
転ばないようにソロリソロリと歩き始めたが、気温が低いためか、氷が幾重にも重なっている。
特に手すり近くは、悪ガキによって、ツルツルに固めているのがハッキリわかる。
(手すりにつかまり、自分の身体をささえながら、氷を固めるからだ)
安全のために取り付けられた「手すり」のはずが、その付近が最も危ない。

「すべって行った方が速いっちゃね〜」
「ホンダ! すべって行ぐべ」
「暗いがら、誰も見でないよ」

制服のスカートの裾をきれいにまとめる。
学生鞄を下に敷く。
手すり近くの、特にツルツルに固めてあるところから、まずはイックが
「エイ!」と、そりすべり。
「シュ〜〜〜〜〜」っと一気に行った。
下から声がする。
「すんごい、おもし〜〜よぉ〜〜〜 早ぐ・だいん(早くおいでよ)・早ぐ・早ぐ!」

それ続けと、ヨッチと私も続く。
シュ〜〜〜〜!
あんまり楽しいから、もう一度、わざわざ「むらさきさん」を登って、また一気にシュ〜〜〜。
楽しい〜〜〜。
まったく中学生にもなって、悪ガキと全然変わらぬ精神年齢だった。