85. 本格派・気仙沼弁---11 (1999.5.12)

さっそくだが、前回の宿題「ホイド」の答えは、乞食のことだ。
子供の頃、近所にホイドが来た。

昭和40年代は、各家の軒先に、木でこしらえた四角い「ゴミ箱」がある。
ゴミ箱に、ふたがついている。
ホイドは、ゴミ箱のふたをあけ、中をあさる。

私が覚えているホイドは、背の高い人で、ボロボロの服をきて、ショルダーバックを2つ、たすきにかけている。ドラマで見る日本兵のようで、私は戦争体験者かと思ったが、どうやら違った。
「少し、知恵遅れだったのではないか」と母は言う。
今では、福祉も良くなってきたが、昔はそんな事もなかったのだろう。

背の高いホイドは定期的にやって来て「ゴミ箱」をあさる。
定期的に来ないと、「ホイドなぞしたべぇ?(ホイドさん、どうしているかしら?)」と言って心配したから呑気な時代だ。

気仙沼のホイドは、人に危害を加える事はしない。
おとなしく、黙って、ゴミ箱をあさる。

気仙沼在住のあずみさんも「ホイドについて」かだっている。
1/24日分で、題して「歩く人」
あずみさんの「歩く人」と私の記憶の「ホイド」が同一人物かどうかは定かではない。
いずれも、よく歩く、という点では一致している。

ご想像の通り、「ホイド」は子供のいじめ言葉になる。
「や〜〜い、ホイド〜〜」と追いかけられる。
「ホイドでないお〜〜〜ん」と泣きながから駆ける。

大人がしかる時も使う。
「そんなごどばりしてるとホイドにけでやっから」(そんなに悪いことばかりしていると、ホイドにくれてやる)
「ビー・ごめんなさい。もう、しません」と結構・効く。
しかし、最近の気仙沼でホイドは見ないから、もはやその効力はないだろう。

さて、「ホイド」の語源は「陪堂(ほうとう)」という仏教用語だ。
中世、禅宗では外で食物をもらう人を「陪堂(ほうとう)」と呼んだ。
それがなまったもので、「物をもらう人」という意味が残ったらしい。
「ほいと」は広辞苑にも載っているから、標準語として扱われているのだろうか?
標準語圏内の方、知っていたら教えてくださいね。

ほんでまだねぇ〜〜!

つづく...